Vol.25 すでにあった万物の素晴らしさ…失い、崩れ去るものは、自我の世界のいらぬもの…(オープンセッションのみ)
Vol.25 すでにあった万物の素晴らしさ…失い、崩れ去るものは、自我の世界のいらぬもの…(オープンセッションのみ)
Lastra Quantum Healing Academy Vol.25
「すでにあった万物の素晴らしさを失って、分離の中で得てきた
崩れ去るものは、自我の世界のいらぬもの…」
オープンセッション
はい、今日もトークセッション、MARTHのたわごとのお時間がやってまいりました。
今日は、ヒーリングのアトリエからお届けしています!
昨日かな、おとといかな、チェコの方では、後ろに写っていると思うんですけど、今回の「約束の場所」のアニメーションの音楽を録るということで、昨日…リモートで、こちらの方に、映像や音が、飛んできたわけですが。
まぁ、残念ながらその、ロックダウンということで、歌がダメだったみたいで、コーラスの人が参加していないんですね。
いつもの…予定していたんですけど、まぁ、そんなこともあって、解除次第、録るということで、今、話がなって、進んでいます。
で、まぁ、5曲ほど、録りまして、自分がいつも大体そうなんですが、イントロと間奏とコーダ、全部自分が、今回も創りました。
まぁ、歌中が意外とちょっと地味なものもあるんですけど、イントロ・間奏・コーダは、アニメの中に使われるということで、相当なんというのでしょうかね。力が入っているというか、そんな形でできたと思っております。
で、まぁこのご質問をね、いつものように沢山来ているんですが、その中で…。
まぁあの、MARTHは一応アーティストなんですけれども、まぁ作曲家というかですね。
まぁシンガーというか。そのへんの質問はまったく来ません!というのが面白いんですけど(笑)あの…。
ということで、今日も、まったくその音楽に関係のないご質問が、なんというの、啓発というのでしょうかね…。
精神世界、癒しというのでしょうかね。
そのへんのご質問が非常に多いです。
で、まぁ、リリは、まぁ、食べ物ですね!
リリは食べ物に興味があると。で、太ってきました。はい、すみません!
ということで!まぁ、親バカです。ということでね。
まぁ、自分が非常に厳しいね、父親に育ちましたので、あまりね、自分の子どもとか、わんわんにもしつける能力がありませんので、まぁ専門家の方がご覧になるとね、リリをどう思うのかはわかりませんが、まぁ、非常に親バカ、非常に甘いと。お許しいただきたいと思います。
じゃああの、質問の方ね。
Q:分離世界の良きもの、要は分離世界のいいものですね。それは、本質的、一体的愛の世界においてはガラクタにすぎないと、MARTHさんがおっしゃっている…意味がよくわかりません。という…(笑)ああ、そうでしたか、みたいな…。
意味がよくわかりません、と。
でも、なんとなく大事なことのように感じるのですが、そこのところを詳しくお伝えいただけないでしょうか。
というご質問ですね。
これよくあることだと思うんですね。
分離世界の良きものというのは、自我の世界の良きものというふうに、自分では思っています。
これもあの、癒しとか自分の解放とか、自分が楽になるとか、幸せになるとかね。そのためのことなんですよ。
通常、この社会でいいと言われてきたものを必死にこう、求める。
例えばひとつ例にあげますと、僕はもう毎日泳いでるんですけども、こう、こうやって泳ぐっていうんですかね。まぁありえない泳ぎ方。足は平泳ぎのように泳ぐんですけど、手はこう、鳥のようにですね、泳ぐんです。これ、人に見られたら笑われますよね。
でもね、空飛んでるみたいな感じがして、すごく楽しいんですよね。
で、もう本当にね。飛んでるような感じがするんですよ。こういうふうにね。ほわーって!
でもそんなの、誰も教えないですよね。この競争世界ではですね。やっぱりスピードとかですね、効率とかですね。
すべてが楽しいとかね。幸せとか至福というのでできていないんですよね。
基本的に至福とかそういうもの、また、性的なものも否定されるじゃないですか。ですから、あらゆる喜びとか楽しさとか幸せっていうことに重点が、癒しに重点がなくて、どちらかというと恐れ、自我の恐れから心配。不安ということにのっとって、こう、いろんなものができているんですね。
だから例えば、極端に言えば城、シャトーというか、城ですね。
防衛のための城。そういうのは自我にとって守りたいもの。また、自分をよく見せる。すごく見せる。偉く見せる。
お金持ちに見せるっていうね。そういう自我がよく見せたいというのはもうこれは当然人間だもの、ありますよね。
で、そういう自我世界の良きもの。良く見せたい。いいものに見せたい。自我世界のプライドとか、見栄とか、つっぱりとかね。
そういうのがね…。だから、例えば、自分は気が小さいんですよ。弱虫なんです。自分は力がないんですって言えないような自我の悲しみ。自我が負けたくないとかね。それってすべて分離社会だからこその賜物なんですね。
だから、逆に言うと、それを失うことや崩れることが怖い。
それが終わることや、それがダメになること。
また、自分の自己高揚で、いろんなものを集めてゆくわけですね。
生まれてから、自我世界では。
勝てるもの。すごく見えるもの。負けないもの。
このために必死に人間が生きるんですね。
で、それが全部いらないと言っているわけです。
それが全部ガラクタだって言っているわけですね。
MARTHが言っていることは。
まぁ、当然、たわごとですから、本気で聞く必要はないんですけどね。MARTHはそう言っている。
まぁ、彼(MARTH)は、その、基本的に長年トレーナーでしたからね。
啓発と言うか、そういう精神的なことの…。
だからまぁ、そういう精神的な苦痛や苦しみを解除するということに…。だから、私などいないとか、誰でもない、いつでもない。
これはまぁ、既存の自我分離社会の中ではあまり良きこととされてないんですが、至福とか、医学的に言えば、副交感神経とか安らぎ。
要は、そういう安らぎの脳内物質が出るとか、そういうのも含めてですね、どうしたら出るのか。どうしたら安らぐのか。
どうしたら至福になるのか。というのを研究して来ました。
また、うちの父親は、法務省の総合研究所で囚人の回帰。囚人の方々の回帰ですね。幸せにならないとなかなか止まないんですね。
幸せや至福。やはり脳から出てくる液体もですね。
幸せでないと外から求めるようになるんですね。
お酒とかいろんなものもそうでしょう。
自分の中から出てたら別に、そんな至福が出てたらいらないわけですよ。
だから、それは誤解しないでいただきたいのは、そういう分離社会のいいものは崩れるに任しちゃって、ダメになっていいんですよと、言ってはいるんですけど、それは、至福のためです。
何か失った。何か失いそう。何かやっつけられそう。自我のね、いろんなものが奪われそう、取られそう。そうするともう緊張するし、医学的には交感神経になって、戦闘態勢に入りますね。
で、そういう必要で、苦しみが来ているわけですから、この自我世界でもしなかったら、分離社会でなかったら、人はあまりストレスないんですね。
で、あんまりこう、苦しみというのは少ないんですね。
そういう意味で、ガラクタというふうに僕は言ったのかな?
この方、ガラクタにすぎないとMARTHが言っているってこうね、おっしゃってるんですけども…ちょっとよく記憶にないんですけど。
ガラクタ…いい言葉ですよね。
僕が言ったかどうかはわかりませんけど、この方が言うのね、本当、自我世界のいいものはガラクタなんですね。
精神世界的に見ると。
精神というのは分離していない方が幸せ、至福なんですよ。
だから自我になって、勝つぞー、偉くなるぞー、自己拡大するぞー、すごくなるぞー、という方がストレスになってね。
癒しじゃなくなって、イヤシロとケガレってあるんですが、ケガレというのは電子がこう綺麗に回らない状態を言うんですね。
量子的にはですね。
で、癒しというのは、イヤシロというのは、電子が綺麗に回っている。磁場、イヤシロの地というのは、磁場が綺麗に回っている。電子が綺麗に回っている。身体もそうなんですね。
で、ケガレというのは、やっぱり電子が綺麗に回らない。
ですから、分子化されたときに非常にエントロピーが強まる。
まぁ、分子化したときに非常に良くない動きをするということですね。
ですから、自我の念望、野心やそういうもので動いて、支配するとか、管理するとか、奪うとか、盗むとか、盗るとか、ということをやりますとね、自らを罰するんですね。電子が。
どう罰するかというと、電子が乱れていくわけです。で、森がその人を怖がります。花も、木も、動物たちもね。
だから、いいことじゃないんですね。
で、自我って言うのは、何故問題かというと、本当の世界は一体なんです。ひとり一者の夢なんですね、この世界は。
神の夢、創造主の夢、いろいろとニューエイジでは言いますが、それは科学的に本当なんです。
それはまもなく人類が調べると思います。
量子的、プラズマ的と言うかね。
この世界は想念で、創造の主体の想念でできているような世界なので、一体の世界でひとつなんですね。
で、これはもう毎回、毎回、お話ししているんですけど、例えば、自分の中の肝臓と腎臓の細胞が戦っていたら、本人は嫌ですよね。僕自身は。
だから、仲良くしろよと。仲良くして!ってこう、言いますよね。
宇宙、創造の主体から見ても、仲良くしてほしいわけですね。
一体だからね。
だから、自己拡大、自己高揚、自己保全。
それは、万物自然にとっては、それを神と呼んでもいいですけど、創造の主体にとってはあまりいいことではないんですね。
だから、そのことをすると、自分の中の素粒子、まぁこれは、万物自然、創造の主体の夢の成分でできている、それがやっぱり台無しになると。
これをバチとか、滅びとか、呼びますね。
ニューエイジの世界ではそれを霊斬と呼んだり、アポトーシスと呼んだりします。これ、自然界にあることで、うまく行かない、分離が強まると、自己…なんだろうな。自分勝手っていうのかな。
日本語で言うとなんていうんだろうな。
そういう一体の世界の中で突起するとか、勝つとか、偉くなるとか、人を支配するとか、管理するというのはすごい嫌う。
だからイザヤさんたちもそうですよね。
古代ユダヤの本当の真髄はそれなんですね。
まぁその、いろんなものが改ざんされたり、いろんなことになってますから、真実というのはね、隠されてしまったりいろいろとしてますけれども…。
そもそも、未知で神秘で、この世でないと。まぁ色即是空のようなね。
これは仏教だと思う方もいるかもしれませんが、僕の一族というのはずっと空海の開いた寺なので、真言宗と呼ばれていますけど、これはもう景教なんです。ルーツは。
これに関していろんなことを言う、怒られる方もいらっしゃるかもしれないから、一応たわごととして聞いていただきたいんですけどね。
だからまぁ、景教ということはキリスト教ということ。
いや、キリスト教じゃない。キリストはキリスト教知りませんので、イエスの言ってたことと言った方がいいですかね。
それをベースにしたのが景教である。
それが、日本では仏教のようになっていると。
また、イエスは仏教も学んでいましたし、チベットにもいましたし、まぁそんないろんなね。たわごととして言えば、いろんなことを、いつの日かね、真実がちゃんと言える日が来たらいいですね。はい。
残念ながら今の時代は真実を言えない時代ですからね。
で、なんで真実が言えないのかという問題ですね。
それは、都合が悪い。自我にとって都合が悪い人の想いがそこにあるんですね。
そんなこと、お前言いやがったら、オレが、オレの自我で築いてきたものが全部滅亡するだろう!と。
崩れるだろう!と。だから、もうお前は殺すぞ、とか、やっつけるぞ、っていうのが、わからなくないですよね、ある意味。
まぁ、わからなくないって言っていつも僕はやっつけられちゃいますけど、まぁ、でもだからと言って、そのやっつける人たち。
嘘をつく人、攻撃をされる方。いろんな方の想いを尊重し、その方たちのことも、幸せを願い、そうやって生きてきました。
なぜかと言ったら、その、こういうトレーナーの啓発の仕事をしてると仕組みがわかってしまうために、そのネガティブな動きをしなきゃいけない人のすべてが、ほとんどが、自我を守っているからに過ぎないんですね。
あらゆる人が自我を守っているわけです。分離が、分離社会が長年、一万年続いてますから、今回のアニメでそれを表現してますけども、まだ半霊、半物質、一体の楽園、エデンの楽園だった頃は、みんなが一体で、つながってひとつな、分離の自我の防衛や、そういうものはない世界が初めにあって、そこから出てしまう分離社会。
で、物質化現象も激しくなるということがアニメに描かれてますが、本当に、それは人間が解放される、幸せになる、素晴らしい秘密というか、アイディアがそこにあるんですね。
この方がおっしゃっている。
ガラクタだ。価値がない。いいものじゃないって思わないから、守るんですね。
自我世界のあらゆるお城を。
だから、古代ユダヤもそうだし、もっと古い縄文もそうだけど、テントみたいな、いつでも盗られたらどうぞって。いつでも、誰のものでも土地はないし、誰のものでもない。
奪われた、盗られた、みたいなのもない。
すべて神の、万物のもの。創造の主体の方のものだっていう価値観ですね。
だから、誰か襲って来られたら逃げると。
でまぁ、テントにしておいた方がいいな、というのでテント持って逃げたりなんかして(笑)
まぁあの、それは原点ですね。
山や海で、テントで暮らして、魚いただいたり、キノコや果実や木の実を頂いて。これ、原点です。
これ、自然なもの。自然な美しい空気、美しい水。
美しい、それで、大自然のもの以外、本当にいいものなんてないんですね。
で、テントで暮らす、というのが本当は自然なんです。
で、台風が来たりなんかしたら、洞窟に入る、みたいな。
それは、基本はそれなんです。
で、そこから自我が生まれてから、いるいる!って言いながら、負けないとか、勝つとか、抜きに出るとか、やられないようにするとか、取り合うとかね。
そういうので、塔に登るというか、塔ができる。
で、この方はガラクタって呼んで、自我とか分離の塔ですね。
で、かき集めた塔を守ってるわけですよ。
それがいいものなんだ。
支配だ、偉いんだ、地位だ、名誉だ、すごいんだ、オレは!人気なんだ!
これ、守っているから、儚いんですね。
だって、自我がそもそもないんだから。
本当は一体なので、すべてが。
だから、ないもののために塔を築いているということなんですよ。
だから、なくなっても大丈夫なんですね。
さっき言った、美しい水、空気。
で、そんなものは破壊される必要はないんです。
食べ物も素晴らしくて、異性もいて、美しくてね。
素晴らしいですね。何にもいらないんですよ。全部あるんですよ。
そのことに気づくことは、深い悟りとなります。
未知で神秘でこの世でないし、一体だし、最高ですね。
それで、なんというのかな。MARTHさんのおっしゃっている意味が、まったくよくわかりませんって、この方が言っていて(笑)
素晴らしいですね。これ、面白いです。
でも、なんとなく大事なことのように感じるって、ここが面白いんですよ。
今日、これを取り上げたのは。この人のこれが面白い。
やっぱり大事だな~って感じるのは万物なんですよ。
あれ?なんか、MARTHの野郎がなんか、ガラクタだとか言いやがって~って。
それでいいんですよ。
だけどなんかどっかで、なんか大事なことの感じがするって、これが万物の凄さ。その人が愛である。本質である。神の子であるというか、一体である証拠ですね。
まぁ、だから僕の話は分離をこえた話をしているので、たわごと。
もう一万年も人類が経験していない話を言っているわけですから。
でも、それだけあればですね、素晴らしい天然の果実が食べれて、天然の木の実が食べれて、もう天然のいろんなキノコさんや、ベリーさん。
もうそれでやっていると、秋山佳胤さんのように健康で、不食の方がいるみたいに、あんまり食べないと身体にもいいでしょ。
それでもう、空気が良くて、水が良くて、僕なんかそのために井戸掘りましたけどね。そんなことしなくても、天然の水が今あって、で、海で泳げて、それで…。
昔も話しましたね、僕与論島で、プリシアリゾート創る前にね、工事中に僕はよく、ビーチで寝てました。もうね、素晴らしい。
で、ウニ食べて。天然のウニですよ!もうウニが主食なんですよ。ビーチにいると。ウニを食べて、太陽に当たって。
で、異性が来るんですよ。
もう、何にもいらないって本当に思いましたね。
地位も名誉も、お金も何もなくても、異性は世界中にいるんです。
だから、大丈夫なんですね。
で、人気がいる。地位がいる。名誉がいる。それは誤解なんですよ。
「オレはあんまりルックス良くないからな」…関係ないんですよ。
もう、なんでもいいんです。
なんでもいいんですって言ったらおかしいですけど、もうすべてあるんですよ、自然界というのは。
それに気づかないとダメなんですね。
それで、悪いものって大体自我世界が創ったものはね、中身がないんですよ。
本物じゃないんです。
だから、崩れても大丈夫なんです。失っても大丈夫なんです。
そこにはガラクタのようなものなんでね、良きものは天然の素晴らしい、最高の魚さんたちや、貝さんが身を提供してくれた素晴らしい天然のものがあるのに、農薬で悪くなった、とんでもない悪いものを欲しがっているようなものなんです。
それは、崩れて大丈夫なんです。
だから、そっち側に良きものが、ガラクタに過ぎない、良きものなどないって感じることが大事なんです。
Q:必要のないもの、終わる。
必要のないものが終わる、倒れるということ。
手に委ねるということ。天の望むようにとMARTHさんがおっしゃっています。それはどういうことですか?という次の質問。
まぁ、おっしゃるとおりですね。
これは僕が言ったんだとしたら、もう全然覚えていないんですけど、立派なことを言っていると自分では思います。
たわごとですよ。
要は良きものなど自我の世界にはないんだと。
だって天然の水って、自我の世界じゃない。
天然の美しい空気、天然の果実、天然の木の実、皆さんが、仲間たちが提供してくれる一体物として、入れ替わっているということですね。
で、動物さんや、その花々さんと一体で暮らす。
分け合ってね。もう美しいものって天然なものばっかりなんです。
天然なものだけで良かったのに、エデンを出た。
だから、失って大丈夫なんですね。
で、良きもの。また、誰かが襲ってきたら、テントを渡して逃げるでしょう?そうするとまたそこで素晴らしい楽園があったりするんですね。で、人間が旅行に行くというのはそのためだと思うんです。
古代にみんな移動していたからね。移動しないと嫌な、ひとところにいるのが嫌なんですね。
誰かが欲しがって、襲ってきたら逃げて、で、食料持って逃げるために、そういう、籾(モミ)さんとかね。五穀さんとかね。木の実さんを持って逃げると。
種ですからね。また植えたら出てくるんですね。
で、船で長ーく、東の地まで来ても大丈夫だったしね。
そういうことなんですよ。
だから、いいことばっかりなんですよ。
人類はそっちに向かうと思います。
ええ。そういうアニメですよね、今回のもね。
人類は、いらない。地位も名誉も、偉い人になる必要もない。
すごい人にもね。一番にも、リーダーにも、すごいものになる必要がない。
ただ、だからと言って、物質的なものがいらないと言っているわけじゃないですよ。
バグワン・シュリ・ラジニーシという方がいますけども、その人の本を昔見たことがあるんですけど、若い頃。
OSHOとも言われている人がね。アレキサンダー大王がこう、通っているところに乞食みたいな、悟りのロドリゲスっていう人が寝てるんですね。岩の上で、わんわんと一緒に。
そうすると、アレキサンダー大王が通って、「お前何やってるんだ、そんなところで。兵隊にならないか?」って。
(それに対して、ロドリゲスが)「いや、僕はこれで幸せなんだ。あなたこそ、ここでひなたぼっこを一緒にしないか?」って。
そんな話が出てくるんですよ。
でまぁ、僕はそのときにちょっと、ふと思ったんですよ。
ロドリゲスは一応乞食のように描かれているんですよ。
でもね、心が王者なんです。王様なんです。
で、アレキサンダー大王は、偉くならないと、すごくならないと、もう、組織のリーダーや、偉い人にならないと!って、思い込んでいるんですね。
で、それがないと苦しくて、不安で、怖いんですね。
で、ロドリゲスは自然なまま幸せで、果実食べたりしているんです。
で、これで話が終わっちゃうと、みんな豊かなのはいけないのかなって思っちゃうんですよ。
で、僕はそれにひとつ足すと、それでアレキサンダーじゃなくても、誰でもいいんだけど、そのロドリゲスと知り合って、じゃあオレの家行くかって行ったら素晴らしい豪邸だったら面白いというね。
豊かさは素晴らしかったていうね。
そこで天然というか、自然農法のものすごいオリーブ畑をやってたとかね。
オリーブ油の社長さんだったとかね。天然の。
だからそういうのを、僕は夢見ましたね。
なんかそれ、素敵ですよね。
だから、豊かさを僕は否定しているわけじゃないですよ。
天然なもので豊かなことはいくらでもできますよ。
でも、執着はしないですね。
いつでも、心はテント。
いや、テントもいらない。いつでも心は、前も言いましたが、何かダメになったときは、いつでも西表でカヌーの先生になるって。
なんかね。いつでも僕、与論島で、ビーチで何日も暮らしたときのあれが忘れられないんですね。
本当に何にも、あの時は青年実業家でみんなからすごい、すごいとか、いろんなことを言われていて、でも、全然、そっちのほうが幸せだったんです。
青年実業家だとかね、すごい人だ、偉い人だなんて言われてもね、何にも!もう、ただ、自然界の中で、そこで寝てて、誰でも何でもない。誰でもない、何にもないのに、そこで女の子たちがやってきて、モテるんですね。
というか、誰もいないからね(笑)
だから、すごい、すべてあるなって、あのとき、思いましたね。
本当にすべて。オレはなんで、社長やってるんだろうって。
なんで、背伸びしてるんだろう。なんで?って、つくづく思いましたね。
そういうの、全部いらないんですね。
なくなっても、たぶん僕ね、身体とか肉体とかね、なくなってもたぶんね、それでも、天は、夢だったよみたいな、素晴らしいことをしてくれるような気がするんです。
それが、この方がおっしゃっている、必要ないものが崩れるんだ。
天に委ねるんだ。天の望むようにって、MARTHが言ったって、この方も言っているんだけど、僕、ちょっと覚えてはいない…いい話だなと思って、逆に読んでるんですけど…
天に委ねる。天を信頼する。まるで死というのをつくりやがったな!じゃなくて、きっとね、生きてなかったとかね、きっと、素晴らしかったって。
なぁんだ、この世界はとんでもなく美しい愛の世界で、神と一体、愛と一体だった。
もうとんでもない、素晴らしいことが待っているような気がするんです。
で、自我の防衛とか、恐れとか。そういうのでね、イヤシロを壊しちゃダメだと思うんです。
だから、必要のないものがただ終わるだけなんだ。
必要がないものが崩れるだけなんだ。
良きものなど、そこにはないんだと気づくことが、大切だと思うんです。
そしたら楽になるから。
防衛したり、戦ったり、何か犯罪を犯したり、まぁ自分の父親は、いつも言うけど法務総合研究所というところで、囚人の回帰、いつも家ではそう言っていました。
もう、犯罪で一番大きいのは、見つからないために、騙すために、また人を殺めたりするんです。
そういう恐れから、また犯罪が起きるんです。
そういうことにならないように、愛で生きる。
だから、崩れるに任せる。天を信頼する。
神を信頼する。
命を仮に失っても、素晴らしい世界がある。
いや、科学的に必ずそうだ。
宇宙のはてのはて、永遠に続く、夢のような世界の中にいる。
だから、とんでもない…。
僕は愛する人を、若い頃、スキルスガンで亡くしました。
自分のパートナーでした。
彼女が死んでしまうときにずっと、自分はありとあらゆることをしたけど、間に合わなかったんです。
で、そのときに、彼女に毎日、毎日、話をしました。
この世界は、現実じゃない。宇宙のはてのはて、これだけは絶対に現実じゃない。
死しても、まったく、まったくそんなものは本当はない。
この世界はとんでもないところなんだ。
とてつもない。現実ではまったくない。
遥かにこえた、すごいところだ。
宇宙の、永遠にどこまでも行くんだって…。
だから大丈夫だって。絶対に大丈夫だって…伝えました。
…ちょっと思い出しちゃいました。
彼女は29歳。今生きてたらいくつかなぁ…40何歳かなぁ。
まぁ、この世界が、夢であること。未知で神秘であること。
現実じゃない。とてつもないところ。
はかりしれないところだって気づくことは、ものすごく癒されて、死をこえて、愛へ還れるものであり、そのときに、外界から何かを取り入れなくても、至福の液体は身体から出て、幸せの中にいて、不安をこえて、素晴らしく生きれるんだということを、お伝えしたいです。
それでは、このあと、インナーのセッションに入ります。
オープンのトークセッションは、たわごとは、これで終わりたいと思います。
それではまた、お会いしましょう。
お相手は、MARTHでした。
リリはこの下にいます。
リリ、おいで、あげるよ。
あげるよ?リリ、ピュッ!(おやつ)
リリさん!写ったかな?
リリのファンの方がいるので、リリを出さないと、「リリが出てないじゃないか!」って言う方がいらっしゃるので…
リリ、お顔見せてあげて。はい。はーいリリ、可愛いね~
お顔!う~ん美味しいの?
はい!すみません!親ばかで申し訳ございませんでした。
それではまたお会いしましょう!
MARTH
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