#96 世界中の人々を勝たせたい…しかしそのためには、あらゆる人が深く一体性に気づく必要がある…(オープンセッション)
#96 世界中の人々を勝たせたい…しかしそのためには、あらゆる人が深く一体性に気づく必要がある…(オープンセッション)
はい、今夜もたわごとのお時間がやってまいりました。
まずは、オープンの方からはじめていきたいと思います。
まず、ご質問です!
Q:波動の良いものに囲まれているから大丈夫。それ、本当でしょうか。
あと波動の良い神社仏閣とか、いろいろと、よく言われますね。
そのとおりだと思います。
残念ながら、一番強いのは自分の分離感なのです。
それは当然、電子が綺麗に回る。そのような場所、そのようなセラミックスや薬石などは電子が綺麗に回る。
そうだけれども、分離をしている人が、要は自我で戦っている人が、それで幸せになると思いますか?と聞かれたら、それは無理だろうなと、自分は思います。
結局、その人が競争したり、比較、ケンカ、戦いをしている間は、要は自我が終焉していない。分離が終焉していないということなのです。
そうしますと、電子はもう非常に乱れます。その人が森の中に入ったら、森が怖がるでしょう。
この宇宙というのは、神の世界です。
というか、宗教的な意味ではなくて、科学的に創造主体の世界です。愛でできている、一体でできています。
その素粒子も、原子も。
まず、その基本を人類は今学ばなくてはなりません。
新しい時代を迎えるためには。
今までのように分離とか分子科学でいたら、人間は新しい楽園は創れないでしょう。きっと滅びてしまいます。
あくまでもたわごとですが、僕に聞かれたらそう言います。
ですから、この世界は愛で一体で、素粒子というものでできていない宇宙人の方もいないし、動物さんたちや、ありとあらゆる植物さんと呼ばれている未知なるすべてのものたちが、みんな、素粒子と呼ぶ未知なるもので、また原子と呼ぶ、ちゃんと電子が回っていて、そのような中にいるのです。
そして、分子は非常に空洞です。分子というのは非常に薄いのです。
我々はすごくそれを実体として現実と呼んでいますが、分子ってものすごく儚いのです。
その中身というのは空洞なのです。だから、映画のようなもの、物質映画にすぎないのです。
だから、素粒子レベルが美しく電子が回る素晴らしい場というのはあるし、そのような物質もあるのです。
素粒子が非常に綺麗に回る、いや、電子が非常に綺麗に回る分子というのもあるでしょう。
そのようなイヤシロの地やイヤシロのもの。癒しのもの。素晴らしいですね。
それに囲まれて、かつ自分が癒しの人間なら、分離を終えていたらもっといいですね。
そのときには、本当に輝く世界が起きますが、自分がエゴ的、分離的人間だったとしたら、それの方が強いです。
何しろ、あらゆる人が、創造主の子どもですから、創ってしまいます。
その影響力というのは激しいから、それは実験しなきゃダメです。
イヤシロの力。物質の、要は非常に電子が綺麗に回るものの物質と、その人の分離の価値観で、どっちが影響されるかということを…。
ですから、この方がおっしゃられているように、それは本当でしょうか?本当ではないですね。
それほど、力があるのです。人間の想念というのは…。
シディによって、いろんなものを癒やすことができないか、とか、沢山の人数でシディのテクノロジーによって、世界平和を達成できないかというふうに誠実にやられている方たちもいっぱいいるのです。
でも、分離を信じた社会の中で、分離を信じた現実とか分離と呼んでいるものを信じている人類が、何をしたって非常に難しいです。
やはり、そこに信頼があるわけです。
現実とか分離とか、戦いとか競争とか、比較というものが、想念の中に非常に強く確信として、この…観念ですね。
観念はカルマです。ですから、すごい、そのような価値観を持った上で、深く入っていったとしても、その影響力は非常に強いです。
ですから、この世界が良くなるには、本当に世界中の子どもたちが一体性を知り、素粒子の秘密を知り、愛を知り、そのときに自らが罰せられることを知り、そのような真の科学を知る必要があると、自分はたわごとですけど、思います。
逆に言えば、美しい愛の人は、闇の中すらも灯します。
ケガレた場所すらも、電子を綺麗に回します。
美しき愛の人は、人を勝たせたり、人を支えたり、他と思うものを、分離の価値観で他と思うものを、隣人や隣国を愛したり、他の人たちを思いやったり、民を愛する人たちは、闇をも灯します。
そのような美しい人たちは、恥も外聞も、負ける力も、すべて持っていて、哀れだ、馬鹿にされた、笑われて、友達がいなくても、それでも愛を貫くでしょう。
真実を貫きます。ソクラテスがそうだったように…。
科学だから。それが、一体であることが、愛が科学だから、真実だから、それ以外では生きれません。
そのような分離を信じた人たちに合わせることは決してできないでしょう。科学ですから、重力がないといってもありますから、それを超えられるのはプラズマとシディだけですから…。
負ける力のある人は、人を勝たせる力がある人は、その空間を開きます。
森も、ケガレたところも、イヤシロに変えるでしょう…。
そして、もうひとつの質問。
Q:人類の美しい未来を創るには、どうしたら良いでしょうか。
というご質問です。
まぁ、たわごとになりますが、世界中の子どもたちが一体性に気づく。世界中の子どもたちがそれを学ぶことができる。
それにはやはり、SNSとか、要はITの力でしょう。無料で世界中の子どもたちが、一体性の科学を学べる。
電子のことを学べる。大人たちが知らなかった愛を。大人たちがケンカし、戦い、分離し、大人たちが戦い、争い、競争し、比較し、劣等し、うぬぼれ、過信した、この世界を、子どもたちが新しい科学、真実に、愛に、一体性に、自我の終焉に、分離の終焉に、気づいた子どもたちが沢山生まれていったら、この世界は楽園となります。
そのことを、世界中の子どもたちが知ること。また、世界中の大人たちが知ることが、美しい未来を創る唯一の可能性だと、たわごとMARTHは、そう感じています…。
そして、もうひとつの質問です。
Q:真の繁栄や幸せ、喜びは、自我や分離の終焉の中にこそ、あるというのでしょうか。
という、ご質問。
真の繁栄や幸せは、当然、自我や分離の終焉のところにある。
当然そうです。
だって、あらゆる人が電子でできています。
あらゆる人が素粒子、原子でできています。
人だけではありません。あらゆるものが。
そして、宇宙人の方がいても、あらゆる方が素粒子でできています。
愛でできているということです。イヤシロで、美しく回るわけです。
で、そこからズレて、独立する。そこから分離してしまう。
そのときにはメッセージがきます。安全ベルトが動きます。
だから、車を走っていて、事故になったらボーンとこう膨らむ風船が出ますね。
自我や分離で生きたら、競争や比較、争い、戦い。
これは、合わないです。
どんなふうに?といったら、皆さんの身体。皆さんの身体のために生きていない細胞さんがいたら、どうでしょう。
「俺は俺なんだ!おまえのためにはやらないぞ!」って言われたらどうでしょう。
また、中で戦っている細胞さんがいたらどうでしょう。
神々から見たら、いや、森羅万象から見たら、創造の主体から見たら、すべてが自分なのです。
なのに、その部分が、その化身が、その愛の化身が、神の化身が、神の子が、自我を持って、自分のことでやっていたら、真に万物のためにやってくれなかったら、メッセージを送るのは自然なことです。
で、これを科学的に調べれば、おのずと答えは出ます。
だから、愛を持った人だけが、真に幸せになるようにできている世界。一体性を持った、愛を持った、負ける力がある。
恥をかく、負ける練習ができる。恥をかく練習ができる。馬鹿にされることを許せる。自我を強化しない人たちが…。
身の安全のために嘘をつき、騙す。戦う。人を支配する。される。そのようなことを超えた人が、一体の世界の中で、愛の世界の中で、その分離を超える。
それが、真の繁栄につながるのは、当然だと思います。
その終焉の中にこそ、自我や分離の終焉の中にこそ、幸せがあるとでもいうのでしょうか。というご質問です。そのとおりです。
あとは科学的にみなさんが、お調べください…。
それでは、ここから、インナーの方に入ります。
MARTHのたわごとです。
また、お会いしましょう。
おやすみなさい。
MARTH
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