#110 Q:MARTHさんのお話の中で、騙したり嘘をついてしまったり、えばったり、過信するしかなかった地域の人々のお話が、まるで今の世界に共通するように感じるのですが、どうでしょうか?(オープンセッション)

#110 Q:MARTHさんのお話の中で、騙したり嘘をついてしまったり、えばったり、過信するしかなかった地域の人々のお話が、まるで今の世界に共通するように感じるのですが、どうでしょうか?(オープンセッション)

はい、今日もたわごとのお時間がやってきました。
今、リリと一緒です。リリ~!
リリは今、丸い寝床に入ってゆきました。
お昼寝するのでしょうか。可愛いです。
あごを、その周りに乗せて、今中に入りました。

早速、お便りというかメールというか、ご質問をお読みします!

Q:MARTHさんのお話の中で、騙したり嘘をついてしまったり、えばったり、過信するしかなかった地域の人々のお話が、まるで今の世界に共通するように感じるのですが、どうでしょうか?

という、ご質問です。
前にそのようなお話をしました。
大きな将軍家というのでしょうか、それと巨大大名の間に挟まれた地域の方の苦しみです。

昔トレーナーというか、自己啓発というのでしょうか、自分を観るセミナーのトレーナーで何十万人の人を見てきました。

その中である共通の地域の共通点があったのです。
それは、嘘をつくことはやむない、という人たちのことです。
かつ、一度で良いからえばりたい…えばる、という言い方はおかしいですが、虐げられてきた歴史の中で、そのような思いが強い共通点があったのです。

その地域の方たちというのは、大きな力に挟まれていた。
一方の人が来ると「お前、どっちの味方なんだ?」「いや、お侍さんの味方です」そして、こっちの人に「お前、どっちの味方なんだ?」「いや、当然B様のしもべでございます」どっちにもそう言うわけです。ペコペコ、ペコペコしながら、で、中には仲間が切られたり、手打ちにあったり、ひどい目にあったり、ふんづけられたり、犯されたり、そのようなことが日本のある地域にあって、だからこそその地域の方は非常に武将も強くなったし、騙し技。正々堂々と昔の武士の人は「我こそはナントカナントカのナントカなりー!」とか言いますね。
その地域では逆に落とし穴とかいろんな手が、見つからないように、強い力の人たちにやられないために、それを400年、幕府ができてから400年やってきたということらしいのです。

その方たちから聞いた話をね…。

その方たちの一番の願いはその虐げられてきた、だからえばりたい。ずっとペコペコ、ペコペコしてきた400年。
切られたり、殺されたり、犯されたり、奴隷のようにされたというね…。

だから、その反発、怒り、また恐れです。両側に見つからないように立って寝たそうです。畑で。夜中でも。鍬とかそういうのに身体しばって。
それで、今でもコンピューターの前でしか寝れないって、その人言っていました。

その400年の屈辱、恐怖、悲しみ、要は分離の苦しみですから、カルマですね。
分離の価値観、観念、それが、自分は小さいときに痛い目にあっていないし、トラウマにあっていないのだけど…と言うけど、その人はすごくそれが怖い、両親がそのような恐怖を持っていたんじゃないか、とおっしゃっていました。

そのような目に見えない傷というのも、だから“カルマ”と言うのでしょうけど、分離社会での痛み、とんでもない目にあった。
しかし、この人たちは同じ日本人同士なのです。
日本人同士だからたぶん12氏族同士で強い大名になったところと将軍家になったところの間に入っちゃった。それで「どっちの味方だ、どっちの味方だ」と。
同じようなことも、世界にはあるのです。
たしかにこの方のおっしゃられるように…。

その大きな超大国に「おまえ、どっちの宗教に入るんだ?」と。そして同じく強暴かつ強い強国の両方に「おまえ、どっちにつくんだ!どっちにつくんだ!どっちの味方なんだ」と、日本のそういう地域の方と同じような目にあい。でも、そこは民族が違うわけです。だからもっともっと虐殺。
もっともっとひどいことになったはずですね。
そのような方たちを先祖に持つ、つらい恐怖と苦しみの人たちは、頭も当然良くなります。知識が。
それで、「こうやられちゃう、だから騙すしかないんだ。だから見つからないようにやっつけよう。見つからないように殺そう。見つからないようにやろう」と思うようになるのは必然です。

それで正々堂々と「我こそは~」と正々堂々と戦うのではなくて、当然力が弱いですから、見つからないように…。
猫とねずみの戦いの漫画、ありましたよね。昔ね。やはりねずみが頭がいいわけです。見つからないように、猫にね。

そのような世界と思っていただくと良いですね。
確かに、世界にそのような地域だった人たちもおられます。その人達はものすごく頭が良くなって、人を騙したり、殺したり、やっつけたりするようになったということがあります。

ところが、そこまでは良かったのですが、日本のそのような民の人も、世界の民の人も、要は地位や名誉や権力やいろいろなものを得て、「出世」という、このエゴ社会、分離社会での出世を遂げたとしても、万物としてはこれはダメなのです。

万物としては、分離すると罰するという仕組みがあります。
それは、怖いわけです。悔しいわけです。
要は猜疑心というか、つけこまれる、やっつけられる、殺されるんだからやるしかない、騙すしかない。そのような考えをお持ちになっているわけです。そうしますと、恐れ、分離、要は自我が終焉していない。それどころか自我がものすごく大きいのです。そうしたらどうなりますか?
そうすると恐れによって、深層心理は恐れになります。

深層心理は恐れ、ということは恐れを実現する…。
だからその地域の方たちはトラブルや問題、殺されたくない、だから殺すんだ、やっつけるんだ、やっつけられたくない、やっつけるんだ、騙されたくない、騙すんだ、ということですから、すごい恐れの中でそれを自己実現してしまうのです。

だから家族問題、企業問題、ありとあらゆるところでものすごい苦しさとトラブルがやってくるわけです。アレキサンダー大王のように、仲間に殺されるとか、いろんなことが起きます。

幸せじゃない、愛がない、楽しくない、ということですね。
だから、自らを罰する。要は、万物の一部ですから神の一部、森羅万象の一部、要は創造主体の一部である、その人たちもそうですね。
あらゆる人類が…。

そして、その一体の中の子どもなのに分離を信じて生きると、気づかせよう、目覚めさせよう、わからせよう、また、そのようなことをしていると台無しだから償わなきゃダメだよーとか、いろんなことが自らの本質から来るのです。
だからすごく苦しくてつらい人生になってしまう…。
囚人の方たち、凶悪犯の方たちをうちの父親は東京地検でしたから、法務省で、そのような仕事でしたけども、そのような方たちすらも、愛や一体に帰ると悟りを開くわけです。死刑囚の方も。

結局分離を教えて、社会が分離を教えて、マスコミやいろんなものが分離・戦いを教えて、それで人が愛から離れ、一体から離れ、神の子からそうじゃなくなり、分離になってしまう…。

そして、その自分を目覚めさせよう、要は俗にいう改心とか、宗教では悔い改めると言いますが、自分にそのようなことをさせるのです。

そしていろんなことが起こってきます。
そして、いいものを自我としては引き寄せたいと思うのだけど、それが引き寄せられないのです。
地位や名誉やありとあらゆるものを手にいれて、物質的なものを手に入れるためにものすごく心が地獄となり、苦しくなり、家族のトラブル、仲間とのトラブル、ありとあらゆる問題が起こってくるのです。

それで「気づけ、気づけ」万物から孤立して、喧嘩して戦って、うぬぼれたり過信したり、備えたり、怖がって憎んだり、恨んだり、不審となったり、「そうなっているよ!愛に戻れ!すべてが愛、すべてが君で、すべてが一体なんだよ!万物全部が君なんだよ!気づけ!気づけ!」ということが起こってくる。それが大切なことだと思うのです。

今、そのようなことで苦しんでいる人、殺す人、殺される人、やっつける人、やっつけられる人、いじめる人、いじめられる人、差別する人、される人、ありとあらゆる苦しみの人々。でも共通しているのは“分離”分離の世界を信じている。
だからなかなかそこから抜け出せないのです。
そこから抜け出すには、一体性へ帰る。要は万物すべてが自分なんだ。
すべてが助け合っている世界なんだ。すべてが共に生きて、助け合って、補い合っている。すべてが助け合って、支え合っている世界なんだということに気づいて、世界をそう見る、ということです。
それこそが大切なんじゃないかなって、思います!はい!

それでは、またお会いしましょう。
お相手はたわごとばっかり言っているたわごと人間MARTH。たわごと人間MARTHでした。
それでは、またお会いしましょう!
このあとは、インナーセッションです!

MARTH

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