Vol.31 どんなに分離の価値観で傷ついて悪くなったとしても、それでも必ず、すべての人々は一体ゆえに、本質である万物へ戻りたい、愛へ還りたいと願うだろう…(オープンセッションのみ)

Vol.31 どんなに分離の価値観で傷ついて悪くなったとしても、それでも必ず、すべての人々は一体ゆえに、本質である万物へ戻りたい、愛へ還りたいと願うだろう…(オープンセッションのみ)

Lastra Quantum Healing Academy トークセッション
Vol.31「どんなに分離の価値観で傷ついて悪くなったとしても、それでも必ず、すべての人々は一体ゆえに、本質である万物へ戻りたい、愛へ還りたいと願うだろう…」
オープンセッション

 

はい、トークセッションのお時間がやってまいりました。
今日は1月の何日でしょうか。
18?…17?…16かな!15か…16かな…ぐらいです!

で、最近僕が、あまり、そういうことを言わない方がいいのに、父親のことをたまに出すから、こういうご質問になってしまったのですが、「Q:MARTHさんが、囚人の方々が罪を犯して、逮捕確保されたとき、お父様のご職業のためとは思いますが、逮捕されることでその方たちはホッとするとか、安心するとか、悟りを開くとまで、MARTHさんがおっしゃっていますが、どういうことか全くわかりません。教えてください…。」というコメントが来てしまい、これにお答えするという感じなのですが…。

そうですね。
前も言いましたが、父親は中央の法学部で法哲学とか犯罪心理学とか、そういうことを先行していたそうで、かつ、英語の家庭教師というか先生というか…そのようなことをやったりしていたみたいです。

で、そのような法務省に入って、まずその犯罪の研究です。法務総合研究所というところに、僕が子どものときはいたのです。

結構大きくなってからでしょうか。小学校の後半くらいから、ちょっとよく覚えていないですが、東京地検の方に出向したのです。
基本的に1000年以上続く寺とか神社の一族ですから…。
基本的に性善説なのです。
いつもお話していることですが、父親は職業柄、外で飲んだりできないので家で飲みます。役所の人たちもみな来て…。
そんな中の話を、僕は一人っ子でしたから、そういう人たちの中でいつも聞くわけです。
「あっち行っとけ!」とか、それは言われましたけど…。

自分の感じでは、彼らは、あの当時の検察は、真面目なというか、真っ当な、子ども心にもそのように感じました。

なぜ、人が、犯罪だけでなく、あらゆる苦しみ、トラブル、あらゆるつらさ。あらゆる人類の悲しみは、分離によって、愛の欠如によって起こると。要は自と他。自我によって起こると。

私の先祖代々の寺は真言宗ですけれども…。未知で神秘。この世でないと。現実でないという価値観というのでしょうか。それはムーまで続く。縄文まで続くその日本というかこのエリアの価値観です。
一体である。愛であるという…。
そのようなところから出てしまうと。
ブレるというか、一体の中に入っているときは万物すべての支援があるのですが、自我化したときには非常に一体性を失って苦しむ。また、罰する。償いたいと誰もが思うと。

宇宙人の方とか、囚人の方とか、また悪魔的な方たちも苦しんでいると。元は愛で、元は神の子なので、万物の一部だから苦しんでいると。

何か問題を自分がおこしたときに、不正やそういったものをおこしたときに、自らを罰するというのでしょうか。
自らを償いたいと深いところで願っているというのが、多分真実だと思うのです。

あらゆる人々の内側には神、愛、本質があって、そう生きれなかった…。なぜそう生きれなかったかということに関しては、トレーナー的な立場から申し上げますと、やはり、生まれたときの環境が分離の世界。正義がない。安全がない。愛がない。ということで、それをずっと求めて、ずっと生きる。

いつも、愛を探している。いつも正義を、秩序を探しているけど、そんなものないじゃないか!安全なんかないじゃないか!という自暴自棄が悲しみになってゆくのだと思うのです。

バビロン捕囚もそうですし、戦争や争いの中で、みな苦しんで、世界は病んでゆく。苦しんでゆくと。
こんな正義も、秩序も、安全も、愛も、何もないじゃないか!と。

そういう経験をされた方たちが、やはりつらい世界を生み出してしまう。

だけれども、やはり、その方々も神の子で、愛で、本質だから、本質は愛だから、やはりそのような自分を許せない。

精神世界的に言えば、そのように分離して自我化して、そのような末路になってゆくと、永遠性の素粒子体、アストラル体とかメンタル体とか、そのようなものまで失うと古代から言われるように、永遠の命まで失うと。分子体ではなく。
分子体は誰でも失うわけです。
その元の、そこまで失ってしまうのです。

それを回避するには、分子体としての自らを罰する。要は償うということが伴うのです。

ですから、囚人の方が、死刑囚の方々が悟りを開く可能性というのは、そういうことのためだったと思うのです。
やはり、人類は誠実であるということです。
どんなに悪いことをしている人たちも誠実に、自らを罰する。また、償おうとするというか、正義を探す、愛を探している、というのは、間違いないと思います。

その証拠はなんなのかといったら、悪いことというか、一体である無我、愛、一体性というものを失えば失うほど、形と格好とかをわざわざ悪くして見せてゆくということです。

自らを悪魔だと言ったり、破滅と言ったり、黒と言ったり、また、闇と言ったり、そういう格好をしたり…。ということは、自分でわかっているということです。誠実であるということです。

で、悪魔と地球で呼んで…悪魔なんて僕はいないと思いますが、そのように言っている霊体がいたとしてです。
そのような格好をしているでしょうね、きっと。誠実だから…。

闇の格好をして、羽をつけたりいろんなことをして、誠実に悪を、悪っぽく見せていると。でも深いところでは愛を求め、正義を求め、純粋に生きたいと…。そして、小さいときにそのようなものがなかったから怒っているということが、うちの父親はそのように、やむなくなってしまった方たちの犯罪的な方たちへの眼差しはそのような目で見ていたことは間違いありません。

僕もそのように生きたいと。武道で言うなら、喧嘩で勝つことしか習わなかった子どもたちが大人になって攻撃をすると。
バンと殴って来られたものをこう、相手を傷つけないようにさっと流せるような、合気道的な形が…。
これは父親たちは…そんな話してよいのか、僕にはわかりませんが、そのような方たちを確保するときに、彼らの安全を願って、危険にならないように、大切に、そのような方たち、たとえば暴走族の方々のことも、思いやりながら警察は確保しなければならないのです。
そのようなことをずっと指導していました。
それはやはり、縄文の時代から、ムーの時代から、というか古代文明の時代から、一体である、未知である、愛である、未知で神秘の中にいる。
すべては同じ一体物だというあらゆる生命体と、動物さんたちや鳥や花たちと…

…今、リリがお水を飲んでいます。
あらゆる、皆さんがわんわんを愛するのも、小鳥さんを愛するのも、猫様とか、うさぎさんとか、おうちにいろんな可愛いのいっぱいいますね。

みんな一体物だという気づきが古代からあって、愛しさがあって、生まれて。そこから迷いが出るとすれば、やはりそのような安心安全、愛がなかったという…。

今、リリがうるさくてすみません。

そんなことで、万物自然、一体で、そして万物自然と共に生きる。一体として生きる。無我で生きるとも言いますが、そんな難しいものではなくて、すべてとつながって生きる。愛の中で生きるというのは本当に幸せなことです。
そのとき、万物の支援、素粒子すべての支援、つながって生きれるというのが真のエネルギーで、無垢で純粋であることが若さであるし、その源です。

そうやって生きることが大切ですし、そのように、やむなく病んでしまった。また、やむなく不正や、腐敗してしまったとしたら、それでも愛で、それでも愛は消えない。それでも愛しさは消えない。そこへ帰りたい想い、願いは消えない。
また、自らを罰する。また、自らを償おうとする意識が必ず万民に、万物すべてにある。

その一体に戻りたいという切なる願い。それがないじゃないか!という子どもの時の怒り、憎しみ、悲しみが、人を使ってしまうという、そのようなことにすべての人が気づいて、本質に還れる世界が来るといいなと、MARTHは願っていますが、甘いとか、何を言ってるんだ!という話もあるのですけれども、自分は、そのようなものを見てきましたし、決して甘い家ではなかったです。
ある意味では究極の職業ですから…。
だからこそ、人々が愛に気づいて償うことをしなくても良いように、罰することをしなくても良いように愛で生きてほしいし、気づいてほしいですし、愛しさで共に暮らせるような世界づくりをみなができたらいいのになぁと願ってやみません。

そんなことで今日は、オープンの方はこれで終えて、このあとスクールの方や、インナーな身内の方たち用の動画に切り替えさせていただきます。

皆さん、幸せに生きてください。
それでは、失礼します。

MARTH

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