真の私たちに用意された、素晴らしき一体の世界とは
真の私たちに用意された、素晴らしき一体の世界とは
ご質問をいただきました…。
Q:MARTHさんのお話を聞いていて、つくづく愛で生きたい。
幸せになりたい。真に豊かに、平和に、一体の安らぎの世界で暮らしたいと、つくづく思うようになりました。至福の人生を生きてみたいと、ぜひアドバイスをお願いいたします。
という…誠実なメッセージをいただきましたが…。
この世界が一体性、無我性、愛でできていて、いや、その人たちが幸せになれるように天が創っていて、自我とか分離は妄想だということをお伝えしてきました…。
分離とか、自我とか、分離から生まれる自我とかは、分子が分かたれて見えたり、五感が自分の範囲に感じられたり、超常の世界というか、アセンションの世界というのは、自我が終焉したときにあるのです。
それ以外、言われていることはすべて私は嘘だと言います。
真実は、一体の世界の中にこそ、真の私たちに用意された、要は無我の世界。愛の世界。真我の世界。すべてが一体の、一元の世界に。相対性をこえた、すべてが創造の主体の夢の世界。そこに合わせてできている、というようにお伝えしたいです…。
よく、自我で生きて苦しいことがいっぱいあり、あらゆるメッセージがやってき、トラブルに次ぐトラブル。人生の苦しさ。争いに次ぐ争い。恐怖に次ぐ恐怖。苦しみ、恨み、憎しみ。そして、神も仏もないというようにお話しされる方々もいます。
しかし、神も仏も、この世界を創った美しきものたちは、美しき一体のハートに合わせて、ひとつなる無我性に合わせて、この世界を創っています。
ですから、私たちがそこに戻らなければ、ずっとトラブルや、メッセージや、苦しみやつらさがやってきます。
それを体感した時に、神も仏もないというように、私たち人類が思うのは、それは勘違いなのです。
私たちをそこに戻そう。一体に戻そう。愛に戻そう。他を滅ぼしたり、隣人を痛めつけたり、他国を苦しめたりするのではなく、他の民族や人々をやっつけたり、いじめたり、騙したりするのではなく、大切にしたときに、無我性が花開き、一体性が花開き、愛が芽生え、そして初めてこの世界が完ぺきだった。素晴らしい世界だった。なんて愛しいんだろう。なんて幸せなんだろう。なんて至福なんだろう。こんなものが用意されていたのか!私たち人類にはこんな美しい幸せなものが、天が与えてくれていたのか!と想えるような世界が、繰り広げられると想うのです。
自分だけの悟りでもダメなのです。全部が一体なので、すべての人の目覚め。一体である。愛である。ひとつであるという目覚め。すべてがつながっている。この素粒子の海の真実に気づき、科学的事実に気づいて、みんなが愛で生きたときにこそ、あなたが望む素晴らしい世界が、そこには必ず展開されてゆきます…。
逆に、私たちが分離している間は、ただただメッセージが来、私たちがエゴ化し、分離化し、自我化している限りは、それが妄想だと気づかない限りは、本当は一体で愛であると気づかない限りは、メッセージがやってきて、私たちは自らを罰し続けることになるのではないかと、感じてなりません…。
皆さんが幸せになっていただきたいと、つくづく、心の底より祈っています…。
MARTH
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